野良猫の子猫だった頃の画像を見ながら思うことだとか

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これまで、裏庭にはそのときどき決まったようにやってきていた猫がいて、部屋下の踏み石の上に置いた器の食べものを食べていたものなのだが、この6月、初めて子猫を見たのである。今のところに移って9年になるけれども、子猫は初。

 

 

柵向こうが隣家側

 

 これまでにやってきてたことのある子たち(一部)

 

6月の終わりの頃に、部屋の中からガラス越しに撮った僅かな時間のビデオがあるのだが、それ以降のものだと7月14日のこうした画像。これも部屋の中からのガラス越し。戸を開いたら逃げていくのではないかという気がかりから。

 

7月14日

 

その後だと7月22日のこうした画像。見ての通りで、子猫の方で近づいてきている。初めて見てから1カ月程が過ぎていたわけで、この間、毎日だったかどうかは記憶にないけれども、やってきて器のものを食べていたことと思う。この時点では、野良猫の一員の子猫程度に受けとめていただけで、それ以上のことは全く考えていなかったと言える。

 

7月22日

 

 

私のところにはインコがいて、猫はその「天敵」。鳥かごの入口は開いているのが常で、インコたちは昼の時間は外に出ている。猫などはとても置けることにならない。考えられないこと。よってただ外に食べるものを置いてあげるだけのつきあい。そういうことであったのが、この画像の2日後の24日。まだほんの子猫のこの子がまた戸のレールに前足をかけるのを見て、その小ささならインコたちに害を加えることもしないだろうということなど思って、全く初めて、ネコを部屋に入れてしまうことを思い立ったのである。外に出ているインコたちをかごの中に入れてから。そのまま部屋の中でその日を過ごさせた。その日のことで印象に残るのは、バスルームでトイレを済ませているのを発見した時のこと。全く未知の住まいの中であるはずなのにバスルームを選び、そのタイルの上に大きめの床も手も汚れないかたさのウンチを四つ落としていた。それから四日間、同じようにバスルームで。そこでやっとトイレのことを考えて用意したというような知識なしの対応だったのだけれども。それから既にほぼ3ヵ月が経過。

 

上の画像を撮った7月の24日以前は、部屋に入れることは全く考えていなかった。その時に見せていたほんのまだ子猫のこの顔を今見ると、なにか少し感慨を覚えるものがある。インコがいることもあり、また猫、それも甘噛み、じゃれつき等をする子猫の行動性などに不慣れで、一通り様子が分かるまでには色々とあったけれども、2ヵ月が過ぎた9月の下旬の頃になって判明したことも一つあった。ここのところはずっと外に食べものを置くのは夜で、朝になって空になっているのを見てどういう猫かは分からないが来ていたことを確認、というような繰り返しでいたのだが、夜たまたま何度か皿に近づく猫の姿も見ていた。黒っぽい毛色の大柄な変わった感じの同じ猫で、子猫(名前は”ナヌー、Naneuと名づけた)が現われた時より以前から。でもそれより半年以上前というようなことではなかった筈。ともかく、この猫が子猫の母親であることを知ることになった。或る時昼の時間、裏庭のすぐそこに此方をじいっと見上げている当の猫とおぼしいのがいたのである。出入りに少し隙を作っている硝子戸の脇からナヌーが下に降りた。様子を見ていると母猫の方は無関心の風だが、ナヌーの方は距離を置いてそこから動かない。なにかおかしな関係ありげなお互いの間の感じ。

 

そんな日のあった9月の終わり頃から、気がつかずにいると母猫が室内に入りキッチン辺りまで行っていることもあった。こちらの受け入れは子猫だけなのですぐ追い出すということに。時には外に出ているナヌーと前後して隙間から入ってくる。母猫だけ外に出す。母猫は幾度となく隙間を抜けてカーテン裏などにいるが、こちらがちょっと動くと気配だけで外に出て行ってしまう。時には注意をしていないと、鳥かごのそばにやってきていたりする。攻撃するようなことはしないがナヌーのために必要な時だけ戸の隙間を作ってあげているのが、母猫にも入られてしまう形になって。体も大きいし、どうもこの母猫の髭を生やしたように黄がかった毛が横に口上にある感じに、夜見た時に覚えた何がそこにあるのか分らない気味悪さのイメージなど残っていて、好きになれないものがあった。そばにいて欲しくないのである。今も変わらない。

 

 

9月6日

 

インコたち

 

隣家側にいる母猫(9月28日)

 

そばにいるナヌー

 

 

 

 

 

毛の色の感じからすると一見、親子? と思えるのだが母猫の毛の中に黄がかった部分も斑に混じり、子猫の背中から右の部分は毛色の色分けがはっきりしているものの、左サイドは毛の色が入り混じっている。その入り混じった感じが母猫から受け継いだものと、見ると分かる。雑に混じっている感じがある。

 

母猫がそばにいるとはその9月下旬、2ヵ月程が過ぎるまで分からずにいたことになる。小さな子猫とは言えないほどに現在のナヌーは成長しているわけなのだが、これからどう母猫との間が変化するのか興味深い。目下のところ、母親離れはしていない感じ。母猫は朝の早い時間から外脇のエアコンの上にいる。ナヌーは6時ころに外に出ていく。時間を置いて外を見ると母猫の姿もない。何処かに行っているにしても、互いにそばにいることは想像できる。昼の時間いないということは、インコたちはカゴの外に出せるということで都合は良い。だいたい午後の3時から4時の間あたりにナヌーは戻ってくる。

 

10月20日朝、気づけばカーテンの内側に室内に入った母猫の影

 

戻ってきてからも、また少しの間出て行ったり戻ったり。母猫がまたエアコンの上辺りに来ていたりすることもあるせいなのか。戸を閉じてしまうと、出たがる場合には声は小さいが鳴き声を上げて訴え、カーテンをよじ登ったりする。小さな子猫ではないが、でもまだ子供の感じ。初めの頃あんなに懸命になってやっていた甘噛みもやらないし、じゃれついたりするようなことはなくなったけれども、眠っている様子など見ているとそう。歩いていく時の後姿などにもまだ子供、という感じが伝わる。そばで前後の足を延ばして寝ている時などに腹や首、頭の毛に顔を擦りつけたりしてしまうのだが、されるがままでいて舐めてきたりなどする。3ヵ月の時間は、当然のよう少しづつの変化の時間でもあったと思うけれども、また先もある。大人になったナヌーを今のところは想像できない。今のままでいてもらいたいという気持だし、もう少し先にいって避妊手術を考えないといけないという気がかりもある。あれこれ、定まらない気持のままにこの子とはやっていかないといけないな、という現在ということになるか。

 

10月13日

 

 

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食べものであったちょっとしたこと、また食べる嗜好で性格は変わる? のこと

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25年来の糖尿病で2年前には薬を止め糖質制限食に切り替えて今は基本、主食は食べないという食生活なのだけれども(時には菓子類他食べてしまったりしているものの)、朝は決まってミキサー仕上げ。それのみ。甘味ととろみをつけた感じの飽きのこない半飲みもの。飲むのではなく器からスプーンですくう形で"食べる"。甘味は人工甘味料を使っているpepsiのcola-Zeroを100cc使用。ゆで卵、豆腐、納豆、炒りごまなどを入れてジューサーなのだが、とろみのために必ずオクラをいれる。そのオクラなのだが国産のものがいつもより高い時には、形も大きく数も多くそれで値段は半値近くというような輸入のものを選んだりする。見た感じにも新鮮味があって、いかにもお得というのを感じる。ただ、どうしてそういう値段の差が出るの?  というところに不明感は伴う。

 

知識がないだけということだろうが、値が安い理由に安全のことがあるのではない? 消費者がそれを考えて選ばないので値を下げて? などということを思わなくもない。どういう土地でどのように生産されたものか外国だと分からないことへの不安。国内産ならば安全体制のしっかりした中で、と普通にイメージができる。ということがあるように思う。もう20日ほど前のことになるが、午前の時間、なにか少しむかつくような感覚を覚えた。記憶にないほどにそういう感覚を胃の辺りに感じたことがない。普通とは思えないので、なにかありそうで不安がかすめる。でも、午後にはその感覚が消えてくれた。ところが翌朝もまた同じかすかにむかつきを覚えるような症状。胃がんとかそういう良からぬことに関わりがある?  などという不安までかすめる。これまでに経験のないような症状なのだ。

 

有難いことに午後には不快感は消えてくれたのだが、原因として浮かんだのは朝使ったオクラ。予定の日内に使いきれず、少し痛みの出てきていた部分をカットしたものを確か使ってた。それが輸入されたものだけに、カットをしても何か残存するものがありそうに不安を覚えたりするのが、南の未知の外国、栽培環境の分らないところからのみのゆえなのだが、予感は外れていないような気がした。それで国産のものを買い、翌朝にはそれを使い、思った通りにお腹におかしさを感じない午前中になった。そういうことがあったのは初めてのことだし、輸入先の国によっては気になると感じていたといっても、実際安全と考えられなければ商品として出すわけもないのだから、たまたまのことと思うのだけれども・・・・。いずれにせよ、扱いや保存には注意をすることを意識するようになった。

 

              **********************************

 

食べもののことと言えば、最近読んだ本の中での面白い指摘。1986年発行。30年前だが、こうしたことは時代を超えているもののようだし。「食嗜好と人間の性格」について。

 

◆ 塩味の強いものの好きな人はよく怒る。少しのことでも激しく腹を立てる。

◆ 野菜嫌いは情緒不安定

◆ 薄味好きの人は物事を考える人、策略のきく人である。

◆ めん類の好きな人、特に汁のあるめん類やそばのように,たれをつけてするする食べるのが好きな人は気短か、せかせかしている。

◆ 肉好きは、強気で自分本位。

◆ お菓子など甘いもの好きは、仕事を一日延ばしにする傾向がある。

◆ 料理の甘味好きは、発想の貧困、甘えん坊。

◆ ひき肉しか食べない。つまり硬い肉の食べられない人は甘えん坊で根気がない。

◆ 卵好きの人も同様だし骨のある魚が嫌いな人も甘えん坊である。

◆ 朝食ぬきが良いと思っている人は、仕事がしめくくれない。

◆ 料理を隠すようにして食べる人は、嘘つきの傾向がある。

◆ 料理の最後にお茶漬けを食べないとおさまらない人は、物事を一日延ばしにする。

◆ やたらとお茶を飲む人は欲求不満であり、また他人の持つ物が気になる人。

◆ たんぱく質の不足の人はスタミナがない。また根気が続かない。

◆ ビタミンA不足の人は細かい仕事ができないし根気がない。

◆ ビタミンB1の足りない人は忘れっぽい。イライラしている。他人のことが気になる。

◆ ビタミンB2不足の人は、物事をやる気がない。セックスが弱い。

 

等々。そして、書かれているのである。「その人が食べ方を変えれば性格も変わってくる。織田信長が、後に薄味でゆっくり食べるようになると大将らしくなったのを見ても・・・・・・・・・・」、思い当たることがあり、自分を変えたいと考える向きには、食に真面目に向き合うことが必要事になるということは言えそうな気がする・・・・・多分。

 

 

        

 

 

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病院で不思議な自販機に遭遇

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5か月ぶりに血液検査等のことで病院。次は6か月先の予約をしたという位に滅多に行かないんだけれども、病院とは「待つ所」という位に自分の順番が来るまで時間がかかったりなどする。採血などを終え、次が診察室という処で待ち時間の到来。診察というほどのこともなくただ採血の結果を知りたいだけなのだが、待っている間に飲み物が飲みたくなった。改築された隅々まで新しい病院。1階に並ぶ自販機もひとつも何処にも汚れなど眼につかない真新しさを感じさせるもの。ではでは、と140円の表示のあるアルミボトルのブラックコーヒーを飲むことにして、100円コインを2つ入れた。ということの筈。ところがつり銭口にあったのが、確かコイン670円分。140円のブラックなのだからつり銭には50円玉と10円玉が一つあるはずではない? 10円玉が2つもあるのはおかしい。それと100円玉2つ入れた筈なのに500円玉がそこにあるのは、おかしくない?  プラス100円玉だってそこにあるはずのないもの。ワタシはコインを入れたわけで千円札を入れたわけでもない。それでお釣りなら860円の釣りになるはずだし、それは例えばの話。じつにじつにおかしな自販機だよねえ。

 

 

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メトロで本読む家族は新しい

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クリアに撮れていないのはご容赦を。言うまでもなく今は車内を見れば一様に"例のもの"を使っていますからね。指先をチョコチョコ動かしたりなどして・・・。ということでこの日神宮球場からの帰り、両親、坊や、お嬢ちゃん、みんな本を開かれているのに遭遇。良い眺めではない?  と感じてしまいました。何故か?

 

 

 

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一日として欠かさずに見てきている連れの散歩模様

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前記事と重なるような画像になっているけれども、前の画像は早稲田の大学近く、こちらは私の住まいのそば。そして夕刻時間以降、毎日必ず目にする飼い主と柴犬の散歩模様。紹介させてもらうことをおじいちゃんにお許し願わないといけないことかな、とも思うんだけれども、同じ時間帯、同じ方向にウォーキングを兼て行く理由があるので、いつも眼にすることになる訳です。おじいちゃんはそばの小規模の工場を今は息子に任せて、ということになるのかな。ワンちゃんは入り口そばで昼の時間を過ごし、夕刻以降こうして一緒に散歩に連れ出してもらえる。徐々に日が長くなっているので、昨日なども19時近い時間、薄暗い中、腰を前に傾けて歩いているので遠目にもすぐに分かる姿を見せて、連れて歩いていました。

 

 

 

                           

 

    

 

 

 

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共に行く愛犬に見る愛情のしるしと老いの切なさ

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少しばかりよろけるように歩いていた老犬。まだ歩けるけれどもいずれは、と思わせ、感じさせてしまう命の時間。どうしても若く元気に動き回っていた頃を想像して、見ていて辛さも来る。

 

 

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捨てられゆくミニトマトのいろどりに惹かれて

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道路沿いの大きなハウスそばの捨てられたミニトマトたち。近辺に農家もあって、ニンジンだとか、玉ねぎ、キャベツなど収穫後に多い量処分されているのを目にすることがある。そんな時、スーパーで売られているそれら野菜のことを思う。捨てられたばかりの時は、まだ殆ど新鮮と言っても良い。

 

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Facebookに見るヒンドゥの神、魅惑画像

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またFacebook画像から。眼を引かれるのは色彩豊か、そしで美麗な、人の姿を見せる神ゆえか。特異、この世を超えた別次元の世界を垣間見せる。こうした画像が見えるのは彼らのFacebook位のものだし、われわれの世界にはない、それに人種的な容貌の魅惑も際立つ特徴のように思わせる。インドの神についての知識が殆ど無いのでそれぞれの画像が何に当たるのか、解からない。インドの神には大きく分けて創造の神ブラフマー、維持の神ヴィシュヌ、破壊の神シヴァの三神ということになるようだから、それからするとヴィシュヌに連なる?  因みにインドのヒンドゥ神信仰人口は8臆余とも。それから人口のことでインドの人口が2000年には10臆を超え、2020年には13臆を超え、そのはるか先には現在13億を超える中国を抜くだろうという予測。これはおどろきでもある。Facebookに見る神々の画像さまざまにあるのだが、その中からこの1点。

 

    

 

 

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Facebookの画像に見る白い別次元の帰依世界

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最近になってFacebookの友達紹介になぜかインド、パキスタン、イラク辺りからのものが中心に届くようになり、ヒンドー語、ウルドー語、あるいはアラブ語などの言語、アルファベット表記とは異なり全く理解不能のものを眼にすることになり、だがまた画像やビデオなどを彼らのページで見ることになったことで別の世界の一端をたのしめるようになった。ということなどの変化があるのだがここに載せた画像もそうした中で眼にした一枚。説明があってもアラブ語では解からないのだが、この画像に関してはそれがなくてもイスラム教徒のメッカ巡礼場面であることは分かる。カーバ神殿の周りを7周するという。我々の全く知らない宗教帰依世界。数、その集合模様に圧倒されて言葉がない。

 

 

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感心

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この絵、うまいと思う。

感心しました。

東京六大学野球の前週は早稲田、明治の早明戦。

連盟のHPでこうした画伯合戦があって、早稲田は投手の大竹君(熊本濟々黌出身)の自画像。明治は逢澤君(岡山関西出身)でこの絵だったんですが、なかなか。日曜日の2回戦。私は早稲田応援席のすぐそばの内野席にいたんですが早稲田リーダーがリーダー台でこの逢澤君の絵を掲げて、なにか茶化したことを張り上げた声で言っていましたが、いやいや、茶化すのに使うのは勿体ない。

 

    

 

 

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